無職890日目
国語に関しては今回は一部の問題を除きセンター寄りだった。そして一部の問題は昔のセンターで見たような形式だった気もする。
前から常々「現実世界で割と文意が読み取れてない人はセンター国語の点数悪い1 んじゃないか」と思っていた。特に科学的な根拠があるわけでもなければ何か調査をしたことがあるというわけでもないのでただの個人の感想でしかないのだが。よく書いてもないことを勝手に解釈したり読み取ったりしていちゃもんやクレームをつけたりする人(つまり文意が読み取れてない人)がいる。そして文系社会人時代何回かそういう人とエンカウントしたことがある。
そういう人々を見たりエンカウントしたりした後に無職になって改めてセンター国語に向き合うこととなった身だが、センター国語は割と「書いてあることを過不足なく満たす選択肢を選ぶ2 」形式が多い。勿論中には難問奇問の類もあるし私も満点をとった身ではないのでそこまで深くツッコむことは出来ないのだが、設問文の要素を分解し、それらが解釈されている箇所を問題文から参照し、選択肢において要素と解釈が過不足なく一致しているものを選ぶという作業がマーク式国語の特徴ではないかと私は考えている。
現実世界において書かれているものや掲示されている告知等(設問文)を噛み砕いて理解し、それらの解釈を行う上で「要素分解→解釈」や「解釈参照元と設問分の一致」において何らかの形で「設問文」と異なる読み取りを行った場合(そしてそれらが致命的な曲解だったりした場合)にクレーマー等が発生するのではないかと考えたりもした。勿論「設問文」側が曲解と誇張のオンパレードで読み取り側が読み取れない場合もあるので可能な限りその手の地獄には近寄らないのが得策のような気がする。結局はこれも言語は違うがTOEICと同じで「書かれていることをそのまま選ぶ」という括りの設問になるんじゃなかろうか。詳しいことはわからんが。