留年275日目

90日後に進路決定する限界大学生

昨年が音速で過ぎ去り、年が明けた。

数年前なら寝正月だったが、授業料滞納系限界大学生にそんな正月はない。

12時から高速道路の売店のバイトが入っていたので、諸々の準備を済ませてバイト先に向かうことにした。

道中で救急車がけたたましくサイレンを鳴らしながら自分の通っている大学の方向に走って行ったのを見て、「新年早々大変やな」とか考えながらチャリを漕いでいた。

バイト先についてみると、例年通り、否例年よりも更に高速道路の売店はごった返していた1 。この売店には基本的に民度の低い客クソカスタマーが多く訪れる。繁忙期はさらにその傾向が強い。人が多い時期に人が多く移動するところに移動することを毎年繰り返しており、学習しない(例えば人の少ない時間帯に出かけるなど)上に、毎年客の罵声が飛び交う。人愚(=人類は愚かの略)の極みである。

本日は屋外販売所の担当だったため、寒風吹きすさぶなか外で軽食を販売した。

大抵の連休や土日は一人で販売することが多いのだが、繁忙期は誰かとタッグを組むことになる。本日の相棒は昨年盆の時期にタッグを組んだ15,6歳の高校生だった。

昼からまあそれなりにしっかり繁盛させ、令和いまを生きる高校生がストレスなく働けるよう心を砕き、さてあと1時間もすれば屋外販売所は片付けかなといったところで、客が騒ぎ始めた。

「揺れている」と。

私は最初風か何かで備品や機材が揺れているのだと思っていた。しかしよくよく見てみると地面が揺れているし建物も揺れている。

先ほどまで民度の低い客クソカスタマーで溢れていた店内からどっと人が出てきた。ゆれは数分で収まったので我々は避難しなかったが、それ以降は客足も遠のき、高速道路を走る車の数も減ったように思われる。

高校生を時間が来たために帰し、店内に戻ってみると、店の中もまあまあ危険だったようである。ソフトクリームを作る機械が揺れ、揚げ物を揚げるための油も揺れていたとのことだった。

正月だし今日も人が多いかと覚悟していたが、地震があって以降は客の数も減ったため、私も18時前には帰宅する運びとなった。そして繁忙期手当を支給された。

退勤後にスマホを見ると、かなりの数の通知が来ており、この時点ではじめて大きな地震があったのだと知った。知り合いからの安否確認のL〇NEが多数来ていたので、それに返信し、親にも連絡を一応入れておいた。

新年早々色々と大変なスタートである。

寒い時期だということもあって、被災した人々がなお一層心配である。

  1. 新型コロナウイルス感染症が5類に移行したこととも関係は深いように思われる。移行しても脅威であることに変わりはないのだが…。 []

文系社会人を経ての無職。からの学生。 本業は医学生、副業は無職文系。

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