無職822日目

今日の一言

一日中雨が降っていた。気温はそんなに高くはないのだが、湿度が高いのか妙にじめっとした1日だった。

以前にも何度か書いたが、時々私は本ブログを登録しているブログランキングサイトにお邪魔して、他のサイト様に飛ぶことがある。ちょっとした小旅行気分である。晴れて医学生になられ、学生生活を謳歌しておられる方や研修医として忙しく働かれている方、今まさに受験に向けての勉強をされている方や数年前に更新が止まってしまった方など様々であるが、毎度楽しく拝読している。プログラミングのプの字もわからない鯉王だが、他のサイト様を見るとレイアウトをちゃんとされている方が多数いらっしゃり、「無職文系もいつかは…」と思って本サイトのレイアウトをちょっといじってみたりすることもある(そしてたまに表記がおかしくなる)。

今日もそんな感じでブログランキングサイトに向かってみると、とある方のブログ更新欄に「ブログの終了について」という文言があった。これまた如何にと思って記事を読んでみると、どうやらその方の数日前の投稿にある意見が寄せられ、寄せられた意見やそれに関するご自身の考えなどからブログを一度やめようと思い至ったとのこと。

ブログとは個人的な発信装置であり、「隙あらば自語り装置」でもあるというのは昨年12月に本ブログに書いた私の持論である。突き詰めればブログとは執筆者本人が本人のために用意したものである。ニュアンス的に一国一城の主的な。なので「再受験カテゴリが少し寂しくなってしまうな」と思うのは一個人である鯉王の感想であり、その方の「ブログを一度やめる」という決断に対して外野である鯉王がとやかくいう権利はない。それはその方の決めたことであり、ブログはその方が始めたその方のためのものであるからである。鯉王だって「明日から更新やめて全部消すわ」という決断を下すこともあるかもしれないし、ないかもしれない。

ここで断っておくが、私は当該ブログの執筆者さんとも、意見を出された方とも特に個人的な面識はない。たまにブログを拝見しに行く程度である(そして本ブログは大したことのないブログであるため、双方とも本ブログのことは知らないんじゃないかと思う)。故に双方に対してとやかく言う権利はないし、両者を責めたり批判したりする気も一切無い。そもそも経緯についてよくわかっているのは当事者たちであるし、私はたまたまその記事を閲覧しに行っただけのただの人である。

ただ、ブログの終了に関する記事を読んでいく中で一つ思うことがあった。「リアルでもネットでも、誰をも不快な思いにさせない人間なんていないんじゃなかろうか?」

勿論度が過ぎた行為(ネット上での誹謗中傷や実生活での暴力・恫喝など)なら不快云々以前に違法であったり、訴訟モノになったりするというのは百も承知である。ただ意見の違いや価値観・信条の違いから誰かを不快にさせてしまう(又は自分が誰かの意見や価値観・信条を不快に思ってしまう)ことは人生においては避けられないんじゃないかというのが私の持論である。10人いたら何人かは意見の異なる立場の人はいるものであるし、それを悪いことだとは思わない。逆に皆が皆似たような考え方をするという方が怖い気もする。

どんな職業についていようと、またどんな職業にもついていまいと、他人を一切不快にさせない人間なんてのはいないんじゃないかと思う。

私は文系社会人時代に不法行為を許さず、かつなるだけ丁寧に手続きの説明をしようと心がけていた。それが私の仕事に対する責務だったからである。そうなると不法行為を目論む人間にとって私は「不快な存在」だったろうし、丁寧な説明を受けたくない人間にとっては「鬱陶しい存在」だったろう(それでもちゃんと手続きしてくれればこちらとしては何の文句もないのだが)。彼ら彼女らから罵倒を受けたこともあった。それでも特に「うーん人を不快にさせてしまった。医者には向いてないかもしれない」と思うことなく800日くらい無職を続けて医者を目指している。寧ろ「この経験は医者になった際になんかに役に立つかもしれん」とかって考えていた(実際役に立つかはまだわからない)。

勿論これも価値観・信条の違いなので、私はそう思う(能天気な)タイプだったが、その方はそうは思わないタイプなのかもしれない。何かを目指す理由も、また目指さない理由も人それぞれである。向き不向きについての信念も各々の思考に依拠する。結果を求める姿勢も求めない姿勢もそれは各人の考え方であり、ひいては個々の人生の道のりが形作ったものである。これについてもまたとやかく言う権利は他人にはないので、本ブログは今日もまた私鯉王の「隙あらば自語り装置」としての役割を遺憾なく発揮したということになる。

幼い頃の夢を抱えて来る人もいる、強い部活動団体のために大学に入った同期もいる、女にモテたいから私学を受けたヤツもいる、ステータスが欲しくて一流大学を受験するのもいる、偏差値と実力と大学を見比べてた人もいる、金と実力を求めて学府の門を叩く人間だっている。大学受験一つとっても考え方はまちまちだ。

だからまあ何が言いたいかというと、「意見が異なることなんかよくあることだし、万人を不快にさせない人間でないと医者に向いてないってわけでもないんでは?」ということである。1 そしてこれもまた一つの意見であり、外野がなんか自語りしただけというオチである。

無論今日の私の記事に不快な思いを抱く人もいるだろうし、今までの日々の記録やらなんやらを嫌悪する人もいれば、「無職800日もやってやがる」と私の存在そのものが気に食わない人もいるだろう。「無職文系なのに医学部を目指せると思っているのか?」と手厳しい意見2 を抱いている人もいるはずである。ただ本ブログの去就は私の裁量下にあり、私が何を目指し何を選びどう生きるのかも(公共の福祉に反しない限り)私の決めるところのことであるので、本ブログ及び鯉王に関しては、不快感を感じたらまずはブラウザの×ボタンを押すことを推奨したい。

  1. 「」の後半「ない」が四つもある。裏か対偶を取った方がわかりやすいかもしれない []
  2. 言われるまでもなく無謀なことは自分が一番よくわかっている []

鯉王

文系社会人を経ての無職。

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