無職1076日目

今日の一言

朝6時台の電車に乗り込み、新幹線の停車駅で乗り換え、若干寝ぼけつつも新幹線に飛び乗った。こちらも前期日程で利用した新幹線の駅と同様在来線の改札を経ずにそのまま新幹線用の改札口から新幹線に乗り込むことができる駅であるため、実家最寄り駅(在来線)→新幹線の停車駅間の運賃を新幹線用の改札口を通る際にICカードで支払いつつ、新幹線用の改札口に新幹線の切符を通すこととなった。その際ICカードでタッチしたにもかかわらず、料金表示とかがなにもされなかったので、ちゃんとICカードから在来線分の運賃が引き落とされているか駅員に確認を取ったが「大丈夫」とのことだった。しかし疑わしかったので新幹線降車駅でもう一度尋ねようと考えていた。

若干微睡みつつ新幹線の降車駅で降車する。こちらでICカードの件を尋ねたら、案の定在来線分が引き落とされていなかったので、降車駅で運賃を現金で支払った。乗車駅の駅員の話を鵜吞みにしていたら危うくICカードに新幹線分も請求されるところだったのではないかと思っている。

今回は新幹線よりも特急列車の旅が長くなる行先だったので、乗り換えて特急列車を待つことにした。周囲を見渡してみると、他にも後期勢と思しき親子や高校生、浪人生らしき人物がたくさんいた。やってきた特急列車に乗り込んだら妙に混雑していた上に手際の悪い連中がうろうろしており若干ややこしいことになっていた。

なんとか自分の指定席に乗り込んで、しばし車窓からの風景を満喫する。見渡すばかりの山、川、田畑、海である。人家が全く見られねえな。

そのまま弁当を食ったり勉強したりしながら5時間くらい揺られ、目的地にたどり着いた。天気は快晴、もう春なのだと否応なく実感させられる程の陽気である。そのままタクシーに乗り込もうとする親子や高校生、浪人生らしき人々を素通りして15分くらい歩き、今回の宿に向かう。荷物を預けて近くのバス停に向かい、試験会場の下見に向かうことにした。どうやら当日は臨時バスが出るらしいが、それも混雑する可能性がないとは言えない。当初の予定通り一番早い時間帯のバスに乗り込むことにしよう。

バス停にやってきたバスはかなり混雑していた。恐らく同じような下見勢が乗車しているようである。そしてここでも親子で乗っているのを見かけた。最近は就職活動の採用説明会でも親御さんが一緒に来たりすると聞くし、かつて公務員をしていた頃も独身証明書(結婚相談所とかに提出する必要のある紙。証明を受ける本人しか取得することができない書類である)を親が取りに来てトラブルとなったこともあった(繰り返しになるが本人しか取得することができないのである)。今は何においても親が出張るのがデフォルトなのかもしれない。

しかしそれによってバス車内は一人分混雑するわけで、地元住民にも迷惑がかかるわけである。そして前期日程・後期日程で見かけた親子連れ達は大体バスに乗り慣れていないのか移動の手際があまり良くなかった。普段は自家用車での移動を主とする人々なのかもしれない。

医学部の試験会場のあるキャンパスで降車すると、広大な敷地が広がっていた。そして私の予想から外れたことに、ここで降車する人は少なかった。どうやら他学部で実施される後期日程の方に皆向かっていたようである。大体医学部勢が最後まで戦いに来ているのかと考えていたが、どうもそうではなかったようである。後期日程を実施する大学・学部が稀となりつつある昨今において、これはかなりのレアケースなのかもしれないと考えた。

暫くうろついて明日の試験場のある棟の前にたどり着くと、試験会場に関する掲示がなされていた。前期日程ほど大げさなものではなく、A4の紙2枚ほどがドアに張り付けてあるだけであった。そして受験番号的に私は最初の方かもしれないとぼんやり考えた。

他に見るべき場所もなさそうなのでそのまま暫く(20分ほど)バスを待ち、宿付近のバス停まで帰還する。この路線バス、停止線を遥か彼方に過ぎ去ってから停車するな。

コンビニの密集地帯があったのでそこで今日の晩飯、及び明日の朝飯と昼飯、水を調達し、宿でチェックインを済ませた。フリマサービスで不用品を売却したことで得た利益で飯が買えたので良かった。

特にやることもないので(いやまああるっちゃあるのだが)明日必要な荷物をまとめたのちに風呂に入り、飯を食って寝ることにする。

今日で東日本大震災から10年である。日頃から防災意識を高めて行くと共に、復興の一助となれるよう無職ながら、微力ながら力添えをしたいと思う。

鯉王

文系社会人を経ての無職。 本業は受験生、副業は無職文系。

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