無職773日目

今日の一言

関西人のDNAに組み込まれているかどうかはさておき、人間は無性に「ソースもん」「粉もん』を食いたくなる時がある。昨年もそういう時が何度かあったが、食堂で飯を食っていた。食堂で飯を食う方が安価で手間がかからないからである。そして食堂では「粉もん」「ソースもん」はなかなか食えない。一度お好み焼きを食堂とは別のところでテイクアウトしたが、基本ちょっとやそっとでは腹を下さない私が腹を下したので、その時からお好み焼きはテイクアウトしていない。また、カップ焼きそばは昨年食ったところ油っぽすぎたためそれ以降購入していない。昔は普通に食えたのだが…やはり寄る年波には勝てないのか…?

それはさておき。緊急事態宣言後、食堂が閉まり図書館も休館になってしまったため、昼飯は自炊、他は完全食のグミなりプロテインスープ(?)なり何なりを食っている。今日は「ソースもん」の代表格である焼きそばを調理して食った。

本当は塩焼きそばが食いたかったが「ソースもん」ではないし、売り切れていたため一般的な3食入りのソース焼きそばを作ることにした。人参はないため、豚肉、キャベツ、玉ねぎのシンプルな構成。ざく切りにした野菜から水分が出てくるため、肉を蒸し炒めにし、レンチンした麺をほぐしながら投入、ソースを振りかけて満遍なく混ぜ、仕上げに少し液体ソースを投入。皿に盛りつけネギを散らす。めちゃくちゃ美味そうである。

実際美味かった。玉ねぎの甘み、キャベツの食感、そして久しく味わえていなかったソースの絡んだ麺。1.5人前をサクッと平らげ、残りは明日から明後日の昼飯用にと皿に移してラップして冷蔵庫へ。

久しぶりに食ったため「ソースもん」の欲望は満たされたが、「粉もん」の欲望はまだ満たされていない。明日にでも卵を買いに行って(ついでにキャベツも追加で買うか)、作ろうかなと思っている。

親から電話があり、何事かと思えばテレワークが始まり1人在宅勤務する孤独に耐えられなくなりつつあるとのことだった。ただ今まで通勤に使っていた時間分、家で仕事ができるので身体は楽らしい。その時間を家事やら掃除やら読書やら何やらに充てているが、やはりどうにも孤独を紛らわせられないとのこと。挙句、家の隅に転がっていたネクステをやりだしたらしい。というかそのネクステは誰のネクステだ。私のは手元にあるぞ(分解済)。取り敢えず孤独を紛らわせる一手段として、また長崎大学の自由英作を書いて送ると伝えた。私も来る五番勝負のためにリハビリをせねばならない。

親から「常に1人で勉強して、早2年が経つが、孤独を感じたりはしないのか」と問われたが、私は特に孤独に思ったことはない。仕事を辞める前に、ある程度のことは予測していたからである。孤独に耐えられないなら仕事を辞めていなかっただろうし、医師を志してもいなかっただろう。勿論和気藹々と同級生と勉強し、楽々と大学に合格する、お前はジャンプの主人公かよと思うような受験生もいる。しかし私はそういうタイプではない。下手に群れようものなら「山月記〜群れて俗物になった李徴ver.」とかになってしまう気がする。然して臆病な自尊心を飼いふとらせてるんじゃないのかという話になるならば、自尊心よりも先に茫漠たる先の見えなささと戦う必要があるため、自尊心など飼う暇も、肥らせる暇もないというのが答えだろうか。無論、尊大な羞恥心や卑怯な危惧があるようなら試験結果をこんな所にぽいと投げたりもしない。臆病な自尊心も尊大な羞恥心もないが、刻苦を厭う怠惰は割とあるのでその辺どうにかせねにゃならんな。

なんか話がズレた。詰まるところ、そもそも孤独をあまり感じたりはしない気質だし、無職となった我が身を見捨てることも見下すこともせずに付き合ってくれる気のいい友人が複数名いるし(縦しんば彼ら彼女らが私の知らぬ所で軽蔑していたとしてもそれは仕方のないことである、だって無職だもん)、何よりこうして本ブログを続けることができている。それが私が孤独にやられない理由である。本日も孤独に苛まれず自尊心を肥らせず勉学に勤しめるのはブログ読者の皆様のおかげです。あとは結果がついてきてくれれば言うことはないんだけどな。

文系社会人を経ての無職。

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