無職970日目

30日後に無職1000日目を迎える文系

何やかんやであとひと月もしたら無職1000日目を迎えることになってしまった。時間の流れはだれにも止められず、人間は日々寿命に向かってひた走っているのだなと思い知らされた。それを言えばこの3年の月日でなんか成長できたかと言われると「うーーーーん?」という感じなので、漫画とかでよくある「あれから3年の月日が流れた――」という記述の後の成長した登場人物達の描写はやはり主人公級の人物たちのみのものなのだと思ったりもした。

成長と言えば、20くらいまでは上り坂を一足飛びに登っていくものだが、25を過ぎると下り坂を転げ落ちる我が身を何とか頂上付近で踏みとどまらせるようなものなのだなと思う。頂上に居られるのは5年ほどで、あとは如何にプラトーにとどまれるかの問題になってくる。18くらいから外見上の見た目が変わらないが(まあ元々老け顔というのもある)、体力とかそういうのは落ちてきているような気がしなくもない。元々そんなある方ではないけど。もしくは、元々そんなに無いからこそ落差をあまり感じずに済んでいるのかもしれない。

ただ、内面は少しずつ成長はしているようで、頂上で辛酸を舐めまくった甲斐はあったのかもしれない。お陰で3年ほど無職をしているがまだ狂気に陥ってはいない、多分。割と「私は私の道を行くぜ!」みたいな感じで10代よりやってきたが(そうでなければ無職になっていないはず)、自分の能力とか方向性といったものについて判明したのは24くらいの時だったので今後に期待したい。

尚、ここで言う「成長」とは、「肉体的な成長」であって「精神的な成長」や「成功」ではない。不惑、知命、耳順とあるように年齢を経ることで円熟するものもあるだろうし、若くして「人間のできた」人もいるだろう。逆に「子供部屋おじさん」みたいな存在もいるので精神面では日々研鑽が必要なのかもしれない。50や60を過ぎて人生において成功したなと自分で思える人もいれば、若くして成功したが身を滅ぼした人もいるので、成功という点においては割と時期・程度のばらつきが大きいのではないかと思う。「成功」の定義も人それぞれだし、祖父の言葉を借りるなら「棺桶の蓋が閉まるときまで人生はわからん」ということなんだろう。それに成功には運の要素も絡んできやすい。まさしく「何が起こるかわからない」という点では成長よりも読めない所がある。

成功という点においては、もしかしたら成長の頂上で辛酸を舐めまくっていた時期ですらまだ上り坂の途中で、これからも高台に出たり崖から滑り落ちそうになったりしながら良い景色を楽しみつつ、ゆっくり頂上に行ければまあ救われた方かなと思ったりもする。まあもしかしたらこれから転がり落ちて地の底で鉱脈や石油でも見つけるような人生になるかもしれないが…。

出来ればこの3年の経験が今後の人生で役に立つことを願う。

あとはたまに出てくる「老人強いキャラ」みたいな感じで常に頂上を目指して走り続けられればいいのだが…。

本日の勉強時間:53分

残:928時間12分→927時間19分

鯉王

文系社会人を経ての無職。 本業は受験生、副業は無職文系。

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