無職977日目

23日後に無職1000日目を迎える文系

取り敢えず本日は模試に備えて諸々の準備をした。まずは昼飯関係。米を炊くのは明日にして、二日分の昼飯になりそうなものの一部を調理する。昨日購入した肉や野菜を早速調理しておいた。

でもって机周りの片付け。Web受験は机周りがごちゃごちゃしているとやりにくさが三割増しするので机の上の整頓は最重要事項である。まあ普段から片づけをしていない自分が悪いのだが。

そして共通テスト付近でのやるべきことの整理。証明写真は年内に撮影するとして、そろそろ願書や大学案内を取り寄せておいた方が良い気もする。あとは年明けの宿泊場所。これは受験会場が判明しないことには何ともしようがない。

また、演習のスケジュール調整も必要だ。とはいえ特にやることがあるわけでもないのだが。

新型コロナウイルスの感染拡大により、病院等も逼迫しているらしい。何となく年末年始はバタバタしそうだが、恙無く家に引きこもって勉強できるよう態勢を整える。

今日の一冊

高校生の主人公が中学生の従妹とそのクラスメイトに数学の初歩を教えるというストーリー立てで進む1冊。途中で高校生の後輩の女の子とのやり取りも挟まるが、登場人物が主人公以外全員女性であるのでどんなハーレムだ羨ましくなんかないぞと思うが、この主人公は数学ができるので多分ハーレムの成立条件は数学ができるかどうかなんだろう。勿論主人公はそんな邪な考えは抱いておらず、丁寧に数学を教えていく。君は本当に高校生か?

数学の難しい話は出てこず、小学校高学年くらいから読もうと思ったら読めるのではないかと思う。かつて某大学の数学の2次試験で一割しか取れなかった我が身としては読みやすく有難いが、「既にそれは知ってるよ」ということが殆どなので(定義に立ち戻ること、具体例を挙げて本質に迫ることなど)、確認と「自分の方向性は間違ってないのだな」という確信を続けながら読み進めるという感じだった。2時間もせずに読み終わると思われる。

本書の中でたびたび「暗記と理解」の話に言及されるのだが、登場人物の一人が割と頻繁に「これは暗記するべきことなのか?」と尋ねている描写が出てくる。なんでも覚えてしまうのが手っ取り早いかもしれないが、理解なくして正確な把握はできないのではないのではなかろうかと私は思った。ただ、「走りながら考える」というわけではないが「暗記した事柄を元に鍛錬していたらふと意味に気が付き理解が進む」ということはよくあるので、暗記先行と理解先行、両刀遣いで行くのが望ましいんだろう。

数学の問題に限らず時たま死ぬほど本筋とは関係のない事柄が気になってしまうことはよくある(私も高校生の頃dy/dxのdとは一体何なのか、何故dを使うのかと思ったことがあった)。かつて教師をしていた母も「Aは何故エーと呼ぶのかとか、どうしてそう書いてエーと呼べるのかみたいな『考えてもどうにもならないこと』を考えてしまう生徒は居た」と言っていた記憶があるので、人間の好奇心の発露とはそういうものなのだろう。

ただまあ「本筋とはあまり関係のない事柄をいったん置いておいて先に進むスキル」も勉強の上では重要なんだろう(そして私は割と大雑把な性格なのでその辺のスキルレベルは割と高いと思われる)。自分がそれを理解できるレベルまで置いておいた方が良い事柄もあるし自分の未熟のために理解が追い付かない事柄もあるので(ゲームで言うところのスキルツリー解放条件を満たしていない感じだろうか?)、その辺を変に拘り過ぎずに先に進み、先に進みながらも考え続けるのが大事なのかもしれない。

私としては「どうしてというのは間違いを指摘するのではなく純粋に理由を問うている」ということに絡むエピソードが一番印象に残っている。話とは関係ないが私はよく「〇〇になるのはどうしてですか」「△△なのは何故ですか」と問うことが多いのだが(そして自分がそう問われた場合はなるだけ自分の見解を明確に示すのだが)、その行動コマンドを選択すると、問われた側の中には「自分が間違っていると見做された」と曲解して怒り出す人が一定数存在し、社会人時代「こいつはなんで怒ってるんだ」と思ったことがある。私は単純に理由を知りたい(=理解を進め、業務を円滑に行いたい)だけだったのだが、今でもあれで怒られたのは何故だったのだろうかと思うし、当の本人に再会することがあったらめちゃくちゃ「どうしてですか」を連発してやりたいと現在進行形で思っている。

閑話休題。

他に印象に残ったのが「間違うことを過度に恐れる」「言葉の定義を曖昧にしたままでいる」「わからないことがわからない」といった行動に関するエピソードなのだが、どれも私とは縁遠い行動なので割と驚いた。

最近の若者は(この言い回しを使うと自分が老け込んだなと思う)、間違いや孤立、意見の衝突を過度に恐れると聞く。それが本当かどうかは分からないし、若者たちに一様に当てはまるとも思わないが、そうなると果たして大学でどうやって学問をやるのだろうか。間違って「それは間違っとるで」と言われないことや正誤がわからないまま進むことの方が怖いだろうに。本書に登場する登場人物が間違うことを過度に恐れる理由はネタバレになるので明示しないが、私が間違いを恐れない人間に育ったのは多分周りの人間の影響が大きいのかもしれないと思った。

「定義の分かっていない言葉を多用することは避ける」というのは私の中では割と当たり前の行動指針だし、「わからないことがわからない」という状況に陥ったことがない(わからない点を明示することはできる)ため、詳しくは分からないがもしかしたら本書で登場したような行動をとる人は多いのかもしれない。

いずれにせよ洞察と示唆に富む一冊だった。数学を学ぶ者は勿論、何かを教える立場にある人にも是非読んでほしい。

本日の勉強時間:2時間

残:925時間21分→923時間21分

鯉王

文系社会人を経ての無職。

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