無職399日目

今日は非常に天気が良い。いわゆる行楽日和というやつだろう。

それはそうと1回目の大学時代の先輩と会う約束をしている日である。越してきてからこっち、人と5分以上対面で話をしたのが引越し業者が来た時と洗濯機・冷蔵庫の設置業者が来た時、ネットの接続業者が来た時の3回だけだったので、この機会に感謝しまくっていた。

バスに揺られて早めに待ち合わせ場所に向かう。同じ市内でも割と都会な所であるため、今のうちに出来ることを全部やっておこうという魂胆である。

休日でも開いている郵便局に感謝しつつ、キャラの濃い受付の人に手続きをお願いする。

その後は単語帳でも見ながら行楽で訪れた人々を眺めていた。

暫くして待ち合わせ時間になると先輩がやってきたため、予約していた飯屋に出かけることにした。

イタリア料理を供するレストランだが、店内は古い建物をリノベーションしているらしい。不思議な空間だったが如何せん昼飯時なので客が多かった。

さて何を食べるかなと思ってメニューを見ていたら、どうやら昼はランチセットとピザしかないらしい。

2人でピザでも分けるかねとなり、ランチセットとピザを頼むことになった。

そして話題は私の受験生活になる。

なぜ今年の冬の時点で受験しなかったのか、という話になったのだが、そればかりは「センター試験の点が足りなかったから」としか答えようがない。

点数が足りなくても受験すれば合格したかもしれないし、受験しなければ合格することもないぞと言われたが、「センター試験の点数が足りない時点で合格点にはほど遠く、また二次試験で点が取れるほど実力があるわけでもなかった。受験しても合格点に満たなければ合格はないし、合格点に達しているかどうかを決めるのが大学側であるのは絶対であるが、なんにせよ点が足りないと予測し得る」というのが冬の時点での私の出した結論である。

勇気と無謀は違うのかもしれないが、無謀と蛮勇も実は似ているようで違うのではないか。よく彼我の戦力や結果を考えずに受験するのと、実力を兼ね備えた上で事の理非を考えずにえいやっと受験するのは話が違うだろう。前者は何も考えていない、後者は熟考した上で何も考えない。

そしてそういう受験は既に十代で経験済みである。だからこそ、否、それ故に今回受験をしない(というかできない可能性もある)という選択をした。

そんなこんなでまあ今年が最後ですな、という話になり、料理に舌鼓を打った。でも話が話なので味がわかったようなわからないような感じである。どのみちまたここには来るだろう。

会計の段になり、先輩が支払ってくれることになったが申し訳なさマックスである。自分の食った分を支払う能力も特に問題なくあったのだが、ここは有難くご厚意に甘えさせていただくことにした。

毎回なんだかんだと飯を奢られることがあるのだが、その度に申し訳なさに襲われることになるのである。

社会人の中では若輩者であったし、大学生の頃も指導教官が気前の良すぎる方だったので奢られることがまああったのだが、「金銭面での貸し借りは可能な限りしないでおくこと。でも万一奢られた場合は感謝をすること、そしてその感謝をその人に返すか、それが難しい場合は他の人に返すこと」という親の教育方針だったため、例え友人でもその辺りはきっちりしておく必要があると思って生きていた。

次大学生になった時はどうすりゃいいんだろう、ゴチになるには年寄りすぎるし、かといってそこを断っても変な感じになるし…と思ったが、その辺はなってから考えることにする。

鯉王

文系社会人を経ての無職。 本業は受験生、副業は無職文系。

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