今日の一言

実は数日前の話になるのだが、サイトアイコンと個人のアイコンを変更している。変更したのは色合いとフォントだけだが、より鮮やかになったと個人的には思っている。サイトアイコンの方は現在街角の居酒屋みたいなフォントになっているが、飽きたら多分元に戻す。個人のアイコンは以前と変わらないフォントだが、飽きたら今風の手書き風フォントにすると思う。

背景のグラデーションを作るのに割と難儀した。背景は単色でもよかったのだが、「自分の今までで培ってきた知識や経験」と「これから身に着けるであろう知識や経験」のどちらもを表すにはグラデーションの方がいいんじゃないかと考えた。これに基づくと現行BOOTHに出している商品群とは色合い等が異なるのだが、名称はそのままで行こうと思う。もしかしたら新サイトアイコンにちなんだ商品も作るかもしれない。これにて無職の夏休み2020の美術の宿題は完了とする。

それはそうと、来年2月の大学入試に関して文科省のサイト及び各大学のサイトで情報が発表されているらしい。早速見に行った。

令和3年度大学入学者選抜での新型コロナウイルス感染症対策に伴う各大学等の試験期日及び試験実施上の配慮等の対応状況について|文部科学省

大学によっては様々に配慮がなされるらしいというのと同時に、「主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ態度」を評価するための取り組みが色々となされるらしい。

大学ジャーナルオンライン2020年8月12日の記事

なんじゃそりゃと思って記事を読んだり、それらを評価するにあたって何かを課する大学の入学者選抜要綱を閲覧したりしたところ、見えてきたのは「就活のエントリーシートっぽいもの」だった。

「あーそういうのなんか聞かれたり書かされたりしたことあるわー」みたいなやつが載っていた。何なら当時「好評」だった話の記録も取ってある。大学入試すら就活ごっこみたいになるのかと思うとこれからの若人の未来を思って少し暗澹たる気持ちになったが、私個人としてはそもそもその手の「就活ごっこ」には慣れている。曲がりなりにも文系大学生、文系社会人だったというわけである。

しかしこれらはあくまで「高校生」が相手として想定されているものなのだろうか。そんな中に「私はかつて△△(外資系)投資銀行にて勤めており、うんたらかんたら…」とか「大学入学後〇〇県庁に入庁し、観光課にて××の案件を、なんやらかんやら…」とかが混じってきたらどうするんだろうか。地方自治体が収入目当てに開催するマラソン大会にガチのマラソンランナーが参加するようなもんなんじゃないか?ご長寿クイズで一人元クイズ王のおじいちゃんおばあちゃんがエントリーするようなもんなんじゃないか?あと大学はその情報から何が知りたいんだ?どれほど主体性やら「考える力」があったところで大元の基礎的な学習能力やら知識が欠如していたら大学入学後も苦労するんじゃないか?

勿論最近の高校生はめちゃくちゃ賢いしそこら辺の大人が経験したことのないようなことを余裕で経験しているような人も沢山いるだろう。だから私のツッコミやら疑問やらはただの素人考えの域を出ないと思っている。

ただ、文系で社会人になってから素面で「人間、自分で考えて導き出す力がないと」とか「自分で考えもせずに人に聞くのは主体性が云々」って吐くような人間に何度かエンカウントしてきたが、そういう手合いは須らく能力がなかったような気もするし、そういうことを抜かす時点で「考える力」がないような気もしなくもない。

ただまあ、個別学力検査に高度な記述式問題を導入すると公表している長崎大学のHPにて公開されていたサンプル問題にはちょっとテンションが上がった。

令和3年度長崎大学入学者選抜情報について|長崎大学

これは面白くなってきたぞ。

今日の情報群を見て、漫画『ラストイニング―私立彩珠学院高校野球部の逆襲』に登場する春日野大栄高校野球部元監督熊谷勝英氏の言葉を思い出したので引用しておく。

何が個性を伸ばす指導だよ。

個性ってのは基本が出来た上でそれでも滲み出てくるもんだろ。

何も身に付いてねぇのに個性もクソもあるか。

ラストイニング―私立彩珠学院高校野球部の逆襲 15巻 熊谷 勝英

だからいい加減嫌になってさ、

(中略)

選手の自主性に任せて伸び伸びやらせますって。

……で、その結果が…

(中略)

自由にやらせてみて改めて分かったわ。

素直な良い子ってのは、自分が伸び伸びやることが優先で、他人が嫌がることをやるって発想しないんだ。

ラストイニング―私立彩珠学院高校野球部の逆襲 15巻 熊谷 勝英

実力が伴わねぇのに何でも出来ると信じ込ませることが洗脳じゃなくて何だってんだ!!

ラストイニング―私立彩珠学院高校野球部の逆襲 15巻 熊谷 勝英

あんまり関係なかったかもしれん。

スポーツ界隈に詳しくない身ではあるが、指導者による体罰やモラハラ・パワハラ・セクハラは断固として許されるべきではないと思う。ただ、昨今の「自主性」やら「考える力」を喧伝する風潮とやらにはどうにも疑いの目を向けてしまう。少なくとも、「自主性」やら「考える力」は改めて何か特別にしなければ身に付かないというものでもないと思われるし、それらを身に付けただけで勝ち確!人生イージーモード!俺TUEEEE!となるほど世界は甘くない1

それにも拘らずそれらを追い求めようとするのは、きっとマジでいろいろ考えなければならないような問題に触れたことがないからなんじゃなかろうか2 。或いは、「そういう力などを身に付けた大量の学生が社会人となれば日本型企業はまた返り咲ける!」と本気で信じている企業経営層が多く、それらが要請しているからか3 。それか、既得権益層が次世代においてもその権益を守ることができるように(言い換えれば貧困が次世代に連鎖するように)ルールメイクした結果か。真相は定かではないが、そりゃまあ英語圏の小学生が読んでいるような英文読ませて全部選択式、みたいな問題ばっかりだったら考える力もクソも要らねえし身に付かねえよなと思わなくもない。

まあルールが変わってそれが嫌なら受験をしない、或いはそんなルールを採用しないような受験をする、など幸いにしてある程度の選択が可能なのが受験のありがたいところである。自分の得意なルールのところで勝負するのもまた一つの手だろう。

  1. 身に付けただけで効果が出るって雑誌の裏っ側に載ってる怪しいパワーストーンかよ []
  2. それはそれで幸せな人生を送っているんだなぁと思わなくもない。 []
  3. 「考える力」を身に付けた結果御社の方針に逆らったり、就職しないという決断を下す可能性もないとは言い切れなくなるかもしれんがその辺はどうなんだろう。企業の経営者は「自分の言いなりになってくれる兵士」が欲しいだけなんじゃないか? []

文系社会人を経ての無職。からの学生。 本業は医学生、副業は無職文系。

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