無職613日目

今日の一言

食堂で飯を食っていたら以前会ったインドネシア人に再会した。丁度今日は友人に会う日だったので一緒に話をすることにした。友人やインドネシア人の友人に近況を報告し、とりあえずセンター試験が終了したらまた会おうという話になった。多分その時に800超えていたらピザを食うことになる。超えていなかったら就活。

それはさておき、これについては賛否両論色々な意見があると思われるが、私はブログやTwitterやその他諸々の近況報告系個人発信型メディアというものは「自語り装置」だと思っている。勿論ブログやTwitterやFacebookやInstagramやMediumやmixiやnoteやその他諸々のSNSには有益な情報をまとめたり、発信したりしているものもあるはずである(とはいえブログとMediumとnote以外あまりよく知らないが)。しかしこれらのメディアでは「スタバなう」やら「〇〇さんと会いました」やら「タピ活」やら基本的には自分のこと(変わり種的に家族やペットや友人のこと)を発信する人が多い。現に本ブログ「無職文系~医学部行くため本気出す~」はその記事の約9割が「隙あらば自語り」である。誰も無職の日常なんか興味ないと思われるが、そんなことはお構いなく613日+αも続けている。

人間とは兎角自分の話をしたいもので、文系社会人をしていた頃にはそういう「自分の話をしたい人」の相手も職務の中に入っていたためこれも仕事と割り切って相手をしていた(これも「隙あらば自語り」になるのか?)。ただ仕事をしていた時から思っていたのだが、「自語り装置」以外で自語りをする奴というのは厄介なことこの上ねえな。いやまあ私が知らぬだけで「自語り装置」で自語りをする奴も厄介なのかもしれないけど。

と、こんなことを考えるようになったのは件の二人との邂逅が理由ではなく、その後近くでやっていた講演会の質疑応答の時間に「隙あらば自語りおじ(い)さん」の出現を確認したからである。

講演者の話はめちゃくちゃ面白かったが、「隙あらば自語りおじ(い)さん」の存在には辟易した。講演者も苦笑という感じであった。

これから先社会の高齢化が進行すると、更に「隙あらば自語りおじ(い)さん」が増えるのだろう。暗澹たる未来に乾杯。

文系社会人を経ての無職。

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